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インタビュー記事
「雪が減ることは、自分が失われていくのと同じ」
スキージャンプとクロスカントリースキーの技術を競い合うスリリングな競技「ノルディック複合」。冬季オリンピックに5回出場したメダリストであり、ワールドカップに通算16シーズン出場した日本を代表するノルディック複合選手「渡部 暁斗」に気候変動について語ってもらった。
PROFILE
渡部 暁斗 Watabe Akito
1988年生まれ。長野県北安曇郡白馬村出身のノルディック複合選手。2006年トリノオリンピックから2022年北京オリンピックまで五輪に5回出場し、2014年ソチオリンピックと2018年平昌オリンピックでは銀メダルを獲得。また、2022年北京オリンピックでは個人ラージヒルと団体ラージヒルで銅メダルを獲得。ノルディック複合・ワールドカップには2006年から2023年までの間に通算で16シーズンにわたり出場。2011/12シーズンには自身初のワールドカップ優勝を果たして総合成績で2位を獲得。また、2013/14シーズンにはサマーグランプリで総合優勝を達成。
「すべてのワールドカップが予定通りに開催できたシーズンは、多分半分ぐらいなんじゃないかなと思います」
―――渡部さんのノルディック複合選手としての活動について教えてください。
ノルディック複合は、スキージャンプとクロスカントリースキー、この2つの成績を総合して順位を競う競技です。シーズン中は、北欧とかヨーロッパの大会に出たり、トレーニングをしたりしています。オフシーズンには、雪がない場所で水を撒いてジャンプの練習をする「サマージャンプ」っていうものや、アスファルトの上でトレーニングできる「ローラースキー」をやったり、基礎体力をつけるために、他のいろんなスポーツにも取り組んでいます。
―――年中様々なトレーニングに取り組んでいるのですね。オフの日ってどのように過ごされていますか?
競技シーズンが終わると、最近は山に行って「バックカントリースキー」を楽しむことが多いですね。バックカントリーは、もちろん滑ること自体もすごく楽しいんですが、誰も足を踏み入れていない斜面を目指して歩いている時が特にいいんです。現実生活から少し離れて、静かな場所を歩いていると「自分が自然の一部なんだな」っていう感覚になれるんですよ。自然の中に戻っていくような、そんな不思議な感覚がすごく面白いです。
普通のゲレンデスキーとは違って、自然に囲まれると自分の存在の小ささを実感したり、自然に生かされているんだなって感じることが多いですね。もちろんリスクもあるんですけど、それだけに自然に近づいて得られる感覚がバックカントリーの最大の魅力だと思います。
―――自然の中にいる機会が多いとやはり雪不足など気候変動の影響も身近に感じますか?
そうですね。雪が減っているっていうのは、すごく実感しています。もしバックカントリーをやっていなければ、積雪量の変化にこんなに関心を持たなかったかもしれないですね。圧雪されたスキー場を滑っているだけだと気づきにくいんですけど、バックカントリーだと天気や自然の状況をしっかり見極める必要があるので、自然の変化に対して敏感になるんです。
自然の中で活動する分、雪の減少とか気象の変動がより身近に感じられるようになりましたね。
―――日本だけでなく、海外でもありますか?
気候変動による気温上昇の影響で、世界中で雪不足が深刻な問題になっています。特に2023年のシーズン、2月から3月にかけては中央ヨーロッパでほとんど雪がなくなってしまい、北欧でしかトレーニングや試合ができない状況でした。その時は、例年通り雪が降っていれば自国で練習できたオーストリアやドイツの選手たちが、わざわざノルウェーやフィンランドに移動してトレーニングをしていました。 日本チームの場合、普段からヨーロッパ各地で雪のある場所を探しながら移動して練習しているので「雪不足で練習ができない」っていうことはあまりないんですが、それでもこのまま状況が悪化していけば、競技自体の存続が心配になりますね。雪のある場所が限られてくると、もっと移動が増えたり、練習環境の確保が難しくなることも考えられますし、本当に深刻な問題だと思います。
―――そうなんですね。実際に雪不足で、渡部さんが参戦する予定の試合や大会が中止・延期になったケースもあるんでしょうか?
シーズン中に、必ず1回か2回は試合が滞ることがありますね。むしろ、滞りなくシーズンを過ごせる方が少ないくらいです。これまで10年以上ワールドカップを回ってきましたが、すべてのワールドカップが予定通りに開催できたシーズンは、おそらく半分くらいだったんじゃないかなと思います。 選手たちも「試合が中止になるかもしれない」という不安を常に心の片隅に持ちながら、トレーニングや試合の準備をしているんです。そういう状況が、心理的な負担になることもありますね。
―――運営側は雪不足に対して、どのような対策をしているのですか?
最近では、人工雪を作って、それに土やシートをかぶせて保存しておくのが当たり前になってきていますね。1年後にその雪を引き出して使って、試合を開催する準備をするんです。これがないと、試合を安定して開催するのがどんどん難しくなってきています。 ヨーロッパでも「ある地域には雪があるのに、すぐ隣の地域には全然降らない」という状況が普通に起こっています。狭いエリアの中でも、そんなふうに雪の分布が極端に違うことが増えてきていて、これも気候変動の影響が大きいんだろうなと感じますね。
―――人工雪の保存までしていることは、なかなか知られていない情報かもしれませんね。雪不足以外で気候変動の影響を実感する場面はありますか?
雪不足以外だと、やっぱり雨の影響が大きいですね。トレーニング中に突然ゲリラ豪雨に見舞われることもあります。私たちは毎日屋外でトレーニングをする競技なので、天気予報とにらめっこしながら過ごすのが当たり前なんですが、最近はその天気が読めなくなってきてるんですよ。 例えば、雨が来ると予測してその時間を避けたつもりでも、全然違うタイミングで雨に当たってしまったり、逆に降るはずだった雨が全然降らなかったりということが増えています。気候が不安定になると、そういった予測の難しさがトレーニングにも影響してきますね。
―――たしかに雨の降り方は昔と大きく変わったと感じます。ゲリラ豪雨も年々激しくなっている気がしますよね。他にも何か感じたことはありますか?
気温上昇も大きな問題です。実は過去に一度、レース中に熱中症で倒れて病院に運ばれたことがあったんです。それ以来、暑さを避けるようにトレーニングの時間帯を工夫するようになりました。今では、気温の上昇がトレーニング中に最も気をつけるべきポイントの1つになっていますね。 近年は、天候や気温の変化が不自然に感じられることがどんどん増えてきているなという印象です。季節感がおかしくなっていると感じることも多くて、その影響が競技やトレーニングにも出ているんじゃないかと思います。
「スポーツ界においてこのような前例を作れたことは大きな意義があったと感じています」
―――渡部さんが気候変動に関心を持つようになったきっかけを教えてください。
大きなきっかけがあったわけではないんですが、もともと海外遠征に行く機会が多かったので、徐々に気候変動が気になるようになった感じです。例えば、秋の海外遠征では、ヨーロッパの標高3,000メートル近い氷河でクロスカントリースキーのトレーニングをするんですが、何度も遠征を繰り返すうちに、氷河の雪や氷が減っているという話をよく耳にするようになりました。
私たちは自然の中で競技をしているので、どうしても気候変動の話題が常に身近にあります。競技環境が気候に依存している分、その変化を無視できない状況が続いていますね。
―――それでは、かなり前から関心を持っていたということですか?
当時も気候変動に全く興味がなかったわけじゃないんですけど、やっぱり「競技に集中したい」っていう想いが強かったので、その影響については見て見ぬふりをしていた部分が長い間ありました。自分の中で「何か行動しなければ」という気持ちはずっとあったのですが、実際に行動に移すことができず、モヤモヤした期間が少し続いてしまいましたね。
―――モヤモヤ期間を経て、実際に渡部さんがアクションを起こすようになったのには、どんなきっかけがあったのでしょうか?
ヘッドスポンサーの枠が空いたのが、行動を起こすきっかけになりましたね。ちょうどその時、私のマネジメントをしてくれている方から「次世代に雪を残す為に、エコパートナーという形で活動をするアイデアがあるんだけど、どう?」と提案されて、それで「やってみよう」と思ったんです。2022-23年のシーズンから、エコパートナーという形で協賛先を募集し始めました。
その時、環境への負荷を抑えたシューズを作っているアメリカの企業と想いが一致して、エコパートナーとして迎えさせてもらうことになりました。自分が競技活動を通じて、少しでも環境に貢献できる取り組みができるのは嬉しいですね。
―――エコパートナーを迎えたことによって、だんだん意識が変わっていったと?
徐々に意識が変わっていったというより、エコパートナーを迎えた瞬間に、自分の気持ちがスパッと切り替わった感じですね。「これはやらなきゃいけない」と思って、考え方が180度変わりました。それまで感じていた迷いが、一気に吹き飛んだというか、行動に移す覚悟ができた瞬間でした。そこからは、競技と環境活動の両方に対してしっかり向き合おうという気持ちになりましたね。
―――エコパートナーとはそもそもどういうものなのでしょうか?
スポンサーからの広告料は、通常は契約アスリートの競技活動や生活のサポートに使われるのが一般的ですよね。でも、私が行っているエコパートナーの場合、広告料はすべて地球温暖化の防止対策に充てるという形にしています。具体的には、私が排出している二酸化炭素、年間で約70トンをカーボン・オフセットできる金額に設定しました。
―――それはどのような過程で決まったのですか?
色んな方面からお問い合わせをいただいたのですが、プロダクト自体がしっかり環境問題に取り組んでいる企業かつ、会社としての方針もエコパートナーに最適だと感じた「Allbirds」とパートナー契約を結ばせていただきました。
―――いくつかの候補の中から選択されたのですね。
今の時代は「何を買うか?」といった選択が、すごく重要になってきていますよね。同じカテゴリーの商品でも、環境に優しいものを選ぶという意識が求められています。だからこそ、スポンサーもそういう形で選べるようになったことは、本当に良かったと思います。
また、スポーツ界において、こうした前例を作れたことはとても大きな意義があったと感じています。これがひとつのきっかけとなって、他のアスリートや企業にも環境への意識が広がっていくと嬉しいですね。
「現役の間に自分の言葉で発信することが大切」
―――アスリートが気候変動へのアクションを発信していくことの重要性をどのように考えていますか?
アスリートには、少なからず発言力や発信力があると思います。競技で結果を出せば、その分、自分の言葉には責任が伴いますし、その言葉の力も大きくなっていきます。その力を使って、世の中に影響を与えられるのが、アスリートが気候変動に取り組む意義だと感じています。
さらに言えば、引退後の選手はどうしても注目度が下がってしまいます。だからこそ、現役の間に自分の言葉でしっかりと発信していくことが、本当に大切だと思います。今のタイミングでしかできないことがあると強く感じています。
―――自然を身近に感じるウィンタースポーツの世界では、渡部さんのように気候変動に対するアクションをしている方は多いのでしょうか?
世界中には、スキー選手やスノーボード選手をはじめウィンタースポーツに関わる人たちがたくさんいますが、日本だけでなく海外でも、気候変動に対して積極的に行動を起こしている人はまだ少ないですね。もっと増えてほしいと思う一方で、一人ひとりの意識が変わらないと根本的には意味がないと感じています。
だからこそ、私は周りの人に無理にアドバイスすることはしないようにしています。自分自身ができることを続けることで、自然と気づいてもらえたらいいなというスタンスで取り組んでいます。
―――気候変動へのアクションをはじめてから、印象に残った出来事はありますか?
HEROs PLEDGEの活動に初めて参加した時のことが強く印象に残っています。これまでは1人で気候変動に対する活動を続けてきたのですが、孤独を感じることが多いですし、無力感に苛まれることもしばしばありました。でも、HEROs PLEDGEの立ち上げ会見の場で、同じように気候変動に取り組んでいるアスリートの皆さんと話す機会があって、その時「仲間がいることがこんなにも心強いんだ」と実感しました。
一緒に活動する仲間がいることで、自分がやっていることにも意味があると感じられるし「もっと頑張ろう」という気持ちが湧いてきました。そういう仲間とのつながりが、この活動を続ける原動力のひとつになっています。
「活動の際には常に子どもたちを意識するように心がけています」
―――気候変動に対する活動を続ける中で、悩みや課題だと感じることを教えてください。
やっぱり、伝わらないことへの無力感って大きいですね。どれだけ発信しても、果たして聞いてもらえているのか、実感が持てない時があります。「自分1人がやったところで、意味がないんじゃないか」と思うことも正直ありますし、こういう気持ちは、アスリートだけじゃなく、一般の方も同じように感じているんじゃないかと思います。
―――無力さを感じても、活動をやり続けるモチベーションはどこから来るのでしょうか?
やっぱり自分自身がこれからも滑り続けたいという想いがひとつのモチベーションになっています。でも、もっと大きいのは自分の子どもたちや、スキーやスノーボードに興味を持つ次の世代の子どもたちに「雪を残していかなければならない」という使命感ですね。
だからこそ、活動する際には常に子どもたちのことを意識しています。次の世代が自然の中で楽しめる環境を残していくために、今できることを少しでも積み重ねていくこと。それが自分にとっての責任だと思っています。
―――活動の中で、子どもと関わる機会も多いのでしょうか?
最近、エコパートナーの活動の一環として、地元の農家さんと協力して、子供たちに果物を差し入れる活動をしたんですが、その際に地産地消や気候変動について子供たちと話をしました。子供たちが本当に真剣に聞いてくれて「帰ったらお母さんやお父さんに話してみる」と言ってくれる子もいて、それがとても印象的でした。
こうやって反応があると、自分の活動が意味のあるものだと感じられて本当に嬉しいですね。子供たちが親に話すことで、少しずつ状況が変わっていくかもしれないと感じると希望を持てます。そういう小さな希望の積み重ねが、未来を少しずつ良い方向に動かしていくんじゃないかなと思います。
「雪がなくなるということは、自分の人格のほとんどを失うような感覚」
―――気候変動による気温上昇で雪が少なくなっている現状をどう思いますか?
私は長野県白馬村の出身なんですが、小さい頃は本当にたくさん雪が降って、家の庭や駐車場に車が1台すっぽり隠れるくらい積もることもよくありました。その雪でかまくらを作ったり、滑り台みたいなコースを作って遊んだのは、今でもいい思い出です。
でも、最近は冬に実家に帰っても雪がほとんどないんですよね。両親は「雪かきしなくて楽になった」と言ってますけど、やっぱり雪のない風景を見ると少し寂しさを感じますね。雪景色が当たり前だった頃と比べると、気候の変化を強く実感します。
―――雪が減ると競技生活にも大きな影響がでますよね。
雪が減って競技ができなくなること自体は、自分の人生の中ではほんの一部で、そこまで大きな問題ではないかもしれません。でも、それよりも、雪がなくなることで生活が変わることや、自然環境が失われることへの不安や恐怖の方が強いですね。自然が失われていくことに対する危機感は、競技の問題を超えて、自分の根底にある感情なのかなと思います。
―――雪は渡部さんにとってどのような存在なのですか?
雪がなくなるということは、自分の人格のほとんどを失うような感覚です。自然が常に身近にあったからこそ、他の人よりもその危機感を強く感じている部分があるのかもしれません。まるで、自分が自分でなくなっていくような感覚で、雪が減ることで自分自身が失われていくように思えるんです。
雪や自然とのつながりが、これまでの自分のアイデンティティを作り上げてきたので、その自然が失われることは、環境問題だけにとどまらず、個人的にも深い影響を与えています。
「北欧の人々は環境への意識が高いというより、環境に負担を与えないライフスタイルが当たり前になっている」
―――競技の性質上、環境先進国と呼ばれる北欧に行かれる機会が多いと思いますが、印象に残った取り組みや、特にすごいと感じたことはありますか?
北欧に初めて行ったのは16歳か17歳の時で、最初に訪れた国はフィンランドでした。そこで驚いたのが、ペットボトルや瓶をスーパーで回収してくれる仕組みです。飲み終わったペットボトルや瓶を回収機に入れると、0.2ユーロくらい、つまり日本円で20円か30円くらいのお金が還元されるんです。全部入れると1ユーロや2ユーロのレシートが出て、それがそのまま店で使えるクーポンになるというシステムでした。瓶の回収も当たり前に行われていて、その徹底ぶりには本当に驚きました。
―――さすが環境先進国ですね。国民全体の環境への意識が高い。
おそらく、北欧の人々は「環境への意識が高い」というよりも、環境に負担をかけないライフスタイルが当たり前になっているんだと思います。先日、スイスの元スキー選手の友人が白馬に来て一緒にスキーをした時も、彼は「日本はプラスチックの使用量が多いよね」とか「すべての商品が過剰にパッケージされていて、ああいうのは減らせるよね」といったことを、さらっと話していました。
そういったことが普通の会話として出てくるのを見て、やっぱりヨーロッパの多くの国では、環境負荷を減らすことは特別なことではないんだなと感じました。
―――たしかに日本に住んでいると気づきにくいですが、過剰包装は当たり前になっていますよね。そういった経験を経て、日本の試合やスポーツイベントでも取り組めることがあれば教えて下さい。
海外でワールドカップを回っている中で、選手のケータリングにペットボトルが大量に並んでいる光景をよく目にします。特に水や飲み物がたくさん並んでいて「こんなに必要かな」と感じることが多いですね。海外の選手たちは、マイボトルを持参していることが多いですが、日本の選手たちは依然としてペットボトルを大量に使い、それを毎日のように繰り返しているのをよく見かけます。
ペットボトル自体をそもそも置かないようにするだけで、選手たちの意識も少しずつ変わっていくんじゃないかと感じます。最初から選択肢がなければ、自然と環境に配慮した行動にシフトしていくはずです。こうした小さな変化が、大きな影響を生む可能性を秘めていると思います。
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