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取り組み事例(アスリート)
「かけがえのない自然を守り、次世代にウィンタースポーツを残すために」【前編】
ウィンタースポーツに欠かせない雪が世界的に減少していることをご存じでしょうか。地球温暖化による気候変動はスポーツ界においても深刻な影響を及ぼしています。
ワールドカップで多くの実績を挙げ、世界で活躍を続けるスキージャンパー高梨沙羅選手は、そのような気候変動問題に大きな危機感を抱いているアスリートのひとりです。
「かけがえのない自然を守り、スノースポーツを次世代に継承したい」
高梨選手は、雪山の自然環境を守るために自らが発起人となり、『JUMP for The Earth PROJECT(JFTE)』を立ち上げました。“自然の素晴らしさに触れて学びながら”、ごみ拾いなどのクリーン活動を通じて自然環境を保護する取り組みを展開しています。
「カジュアルに楽しみながら環境活動に取り組んでほしい」と語る高梨選手に、『JFTE』の活動についての思いを伺いました。
競技がキャンセルになるほど雪不足。高梨選手がリアルに感じる気候変動問題
「雪不足は本当に深刻な問題で、つい最近も試合がキャンセルになるほどでした。降雪機で人工雪を造ってジャンプ台に張り付けるという方法で、なんとか競技ができている状況です」
気候変動による世界の異常気象……豪雨や台風、洪水、熱波などのニュースは後を絶ちません。なかでも積雪の減少は競技のキャンセルにつながるためスノースポーツ界に大きな影響を与えています。
小学2年生からスキージャンプをはじめ、現在も世界各国で競技を行う高梨選手は、そのような雪山の状況を長年肌でリアルに感じていました。あるのが当たり前だったはずの雪が人工的に作り出さなければならないほど枯渇し始めていることに、多大な危惧を抱いていたのです。
「人工雪を使うなど本来の形ではない方法で競技をすることが、ここ数年でとても増えました。競技をするために雪を造ることで、たくさんの人の労力やエネルギーがかかります。
そのような状況を見て、何か自分にできることがあるならやっていかなくてはいけないと思い始めました」

また高梨選手は便利さが進歩するほど、人が自然からかけ離れていくことの不安も感じています。
「私たちは地球上で自然の恩恵を受けて生かされている存在です。だからこそ自然に寄り添っていくことが大切なはず。しかし実際には便利に楽しく暮らすことと、自然を守ることのバランスは非常に難しいと感じています。」
「人が生活するなかで温室効果ガス等が発生してしまうのは、ある程度仕方ありません。けれど便利になる部分と環境をケアできていない部分が比例している気がします。自然に寄り添えていないのではと感じるんです」
そのような自然への危機感や守りたいという思いが、高梨選手の『JUMP for The Earth PROJECT』の活動へとつながっていきます。

同じ思いを持つ人との結びつき。『JUMP for The Earth PROJECT』始動
環境活動を開始すると言っても簡単なことではありません。プロジェクトを立ち上げるにあたっては、クリアしなければならないハードルも多かったはずです。しかし高梨選手はたくさんの方と結びつくことで、『JFTE』の活動は形になっていったのだと、笑顔で語ります。
「タイミングよくいろいろな方から環境問題について学ぶことができたんです。そのためプロジェクト発足に関しては、何から始めたらいいかわからない、という感じではありませんでした」
自然を守るために何かをしなくてはと考えていたころ、高梨選手はある環境イベントから声がかかり参加します。そこでさらに自然環境に興味をもち、もっと環境問題について学びたいと考え、紹介された「エシカル・コンシェルジュ講座」を受講しました。
「エシカル・コンシェルジュ講座」とは、「エシカル協会」が主催するプログラムです。自然エネルギー、動物福祉などさまざまな分野から、エシカルの本質について学ぶことができます。
高梨選手は自分の学びのなかから協働してくれる人の輪を広げていきました。『JFTE』はエシカル・コンシェルジュ講師の方に来ていただいたり、協力してもらったりすることで形になったプロジェクトでもあるそうです。
「『JFTE』の最初のイベントにもエシカル・コンシェルジュ講座の先生に来ていただいたんです。専門的な話だけではなく、家庭で何をすればいいのか、みんなで何をすべきかをわかりやすく話してくれたので学びが広がりました」

また、高梨選手は環境に対する思いをSNSでも発信しました。
「SNSで環境問題について発信したら“僕も感じていました”“私もそう思っていました”という反応がたくさんあったんです。そういった同じ思いの人たちの存在に勇気づけられたことも、活動をはじめるきっかけのひとつになりました」
環境に触れてそこから学んで実践するというのをコンセプトとして重要視したため、イベントに参加する人たちとも意識づけが共有できた手ごたえを感じました。
自然への思いを同じくする人たちとつながり学びを広げることで、自分一人だけではできなかったことを少しずつ形にしていったのです。
次世代を継承する学生たちと環境活動に取り組む意義
『JFTE』活動の第一弾は、蔵王で開催した「トレッキング&クリーンアクション in 蔵王」です。100組の親子とともに自然に触れあいながらゴミ拾いを実施しました。

そして活動の第二弾として「高梨沙羅 × 藤女子高等学校 ワークショップ」を実施。札幌市の女子学生と自然環境を守るためのディスカッションを行いました。学生とのワークショップを行った理由や意義について高梨選手は次のように話します。
「一般的な環境に対する意見とか傾向が“こうです!”というように提示されているものが多いなと感じていたため、環境問題に対して実際に学生が感じていることを知りたいと思ったんです」
ワークショップでは、高梨選手から世界各地の雪山の危機的状況や『JFTE』活動への思いが語られました。そして高梨選手も交えて「スポーツイベントでできる、環境問題解決のためのアクション」をテーマにディスカッションを実施。
学生たちからは、「会場にマイボトルバーを設置する」「工夫したごみ箱を設置」「スポーツ用品の再利用」「プラスチック容器を減らす」「ユニフォームになるエコバッグを開発」「ごみを分別してリサイクル」等、多くのアイディアがでました。

なかでもユニークで、高梨選手がぜひ実現したいと思ったのは廃棄される小豆を使用し、洋服の廃材などを利用して作るという「小豆のカイロ」です。
「北海道を代表する農産物である小豆を使うというのがとてもいいですよね。いつか実現できたらと思います」
また、高梨選手は学生たちがスキージャンプに対してどういうイメージを持っているのか、一般の人にもっとジャンプ場に来てもらうにはどうしたらいいのかについても尋ねました。
「北海道と言っても札幌のような街に住んでいるとスキーに行くことはそうそうなく、実際に雪に触れることは意外にありません。そのため、どういうきっかけがあれば、もっとジャンプ台やスキー場に来てくれるのか話を聞きたかったんです。」
学生たちの答えは「応援に行ってみたいけど、スキーウェアを持っていないからいけない」というものが大半でした。それではそれを解消するためにはどうしたらいいのかと、高梨選手と学生たちで意見が交わされます。
学生たちからは、「スキー場でスキーウェアをレンタルできたらいい」等、さらに「応援グッズもプラスチックばかりだから、違う形の応援グッズがあったらいいよね」と、環境問題とあわせた活発な意見が出され、スキージャンプにも興味を持ってもらえたそうです。
ウィンタースポーツを通して環境問題を考えるとき、実際の現場を知っているのと知らないのとでは、大きな違いがあります。高梨選手にとって学生と環境活動を取り組むことは、自然環境やウィンタースポーツへの思いを次世代につなぐという点で、大きな意義があると言えるのでしょう。
藤女子高等学校はもともと「女子高生が社会を変える!」をモットーとした『Blue Earth Project』に参加しており、日ごろから環境活動に取り組んでいます。
「高梨選手が私たちの話をひとつひとつしっかりと聞いてくれて嬉しかった」
「環境問題をいろいろな視点から考えなきゃいけないと感じた」
「高梨選手の話を聞いて、北海道特有の気候変動問題があることに気づいた」
「自分たちの活動はスポーツの分野にも関係するんだと知ることができた」
「協力して何かしようと言ってくれて嬉しかった」
高梨選手とのディスカッションでは、新たな気づきや学びを得て、活動へのモチベーションが高まったと学生たちは盛り上がりました。また高梨選手も学生たちの多彩なアイディアに感激したそうです。
「藤女子高等学校の学生さんたちからは、私もさまざまなことを学ばせてもらいました。頂いたアイディアをひとつでも多く実現できるように努力したいです」

同じ思いの人とともに広がる活動。しかし、時にはもどかしさを感じることも
高梨選手の活動に関しては、ウィンタースポーツを代表する地である札幌市も積極的にバックアップしています。『北海道札幌Blue Earth Project』を行っている藤女子高等学校と『JFTE』の活動を取り次いだのも札幌市です。
藤女子高等学校でのワークショップでパネリストを務めた札幌市環境局の佐竹輝洋さんは、高梨選手の活動について次のように語りました。
「札幌市の積雪が10年前の平均値と比べると、約1メートルも減少しているというデータがあります。雪祭りなどにも大きな影響を及ぼすため、札幌市は財産である雪を守るためにも、率先して気候変動対策に取り組んでいます。しかし、個人レベルの省エネ等の取り組みは進んでいても、社会システムを変えるまでの本質的、抜本的な取り組みには至っていないのが現状です」
「影響力のあるアスリートが環境活動を行ったり、スポーツ団体が気候変動対策を推進することは、多くの人が問題を考えるきっかけになります。そのため自治体としては、このようなアスリートの環境活動を、今後も積極的にサポートしていきたいと考えています」
高梨選手と同じく自然環境を守りたいという人たちとの協働により活動の輪は、着実に広がっています。しかし、高梨選手は次のようにも話しています。
「活動に関してもどかしさを感じることもよくあります」
高梨選手は『JFTE』の活動にあたり何をもどかしく感じているのでしょうか。
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